紅茶百科

紅茶見聞録

Black tea chronicles

魅惑のルビーレッド、ケニア紅茶

紅茶見聞録も回を重ね紅茶に関わる国への訪問数が増えてきたが、ここを知らずして紅茶を語れないという国をまだ残している。そう、それは質量ともに世界一ダイナミックに成長を続けている大紅茶生産国ケニアだ。その勢いをもらって今回も元気よく、スタート!
日本では、セイロン紅茶やダージリン紅茶の知名度と人気に押されてか、ケニア紅茶として販売されているのはあまり見かけない。だからケニア紅茶といってもどんなお茶なのか、ぴんと来ない方も多いだろう。しかし紅茶輸出量では他国を引き離し今や世界一、伝統の紅茶国イギリスで販売される製品には、圧倒的な最大シェアでブレンドされている。この際いっそのこと東アフリカのケニアまで行き、本物のケニア紅茶の全貌を見てみよう。その上でピュアなケニアティーを味わったならば、思いもかけない発見にめぐり合えることだろう。

ケニア国内緑色のエリアが紅茶の生産地で、その中央を南北にグレートリフトバレーと呼ばれる大地溝帯。その南が首都ナイロビ、紅茶の積み出しは、オークションのあるモンバサから行われる。「ケニアの製茶業」ケニア茶委員会資料より。
ケニア国内緑色のエリアが紅茶の生産地で、その中央を南北にグレートリフトバレーと呼ばれる大地溝帯。その南が首都ナイロビ、紅茶の積み出しは、オークションのあるモンバサから行われる。「ケニアの製茶業」ケニア茶委員会資料より。

というわけでいよいよ残された魅惑の大陸・アフリカのケニアまで足を延ばすチャンスが訪れた。
日々悩ましい出来事や新たな難問が現れる現代ストレス社会、そしてスマホから嫌でも溢れる情報に晒され、刻々と進化するIT環境を受け入れなければ取り残されてしまうのではないか?
そんな恐怖の文明社会からせっかく脱出するのだから存分に楽しんでみよう。
日本からケニアの首都ナイロビへは、かつてはロンドンやアムステルダムなどヨーロッパ主要都市でケニア航空などに乗り継ぎ、総飛行時間20時間ほど掛けて行くことが多かったが、近年は、中東のUAE(アラブ首長国連合)のドバイやカタールのドーハには素晴らしいハブ空港があるので、そこを経由してゆくのが距離的にも時間的にも有利のようだ。
1999年12月、初めてのケニアに到着した際には、ナイロビ空港から少し出たところの野原に、なんと野生?の背の高いキリンがいたのでビックリ。周りの人はだれも驚いている様子はない。ここはアフリカ・ケニアという異空間の大地に来たことが、直ぐには腑に落ちなかったことを思い出す。まさに既成の観念からの脱出が必要なのだ。

ケニアの首都ナイロビ(2005年頃)。この写真では、まだのどかな雰囲気を感じるが、現在では、近代的な高層ビル群が市内の中央部に数多く建設されている。東アフリカ最大の都市(*)
ケニアの首都ナイロビ(2005年頃)。この写真では、まだのどかな雰囲気を感じるが、現在では、近代的な高層ビル群が市内の中央部に数多く建設されている。東アフリカ最大の都市(*)
勇敢な部族・マサイ族のダンス(*)
勇敢な部族・マサイ族のダンス(*)

ケニア紅茶の誕生
近年約五〇万トン前後の年間紅茶生産量はインドに次いで世界2位、輸出量では、繰り返すが、世界1位の大紅茶生産国だ。その歴史をたどれば、アフリカ大陸に全くなかった茶の樹が、最初に導入されたのは、1850年頃、南アフリカ東岸(旧名ナタル州)だったが、紅茶生産最適地ケニアでの1920年以降の本格生産にたどり着くまでには、相当な年月を要することなった。それは南アフリカから赤道直下・ケニアに向けての北上の道筋で、東部アフリカ諸国(ジンバブエ(旧国名ローデシア)、モザンピーク、マラウィ、タンザニア(旧国名タンガニーカ)、)を経由して数千キロという遠大な距離を巡ったことになる。
インドアッサムにはじまる英国植民地の新産地創造という見事な実績を得たセイロンやインドからのティープランター達は、新たな産地開拓を目指すパイオニアとして、アフリカ東岸の諸国に意気揚々と野望をもって上陸してきたことだろう。
最近まで、アフリカの紅茶ビジネスには、『なぜ、こんなところまで?』という位に、英国系白人や、インド・スリランカ出身のティーマン達が、決して嫌味なく、むしろ紳士的にチョイチョイ、顔を出してくる。ティービジネス自体は、地球をまたぐグローバルさだ。
ケニアの大紅茶産地が分布するのは、大地溝帯・グレートリフトバレーの東西の両サイドになる。数百万年もの地殻変動による隆起と侵食の結果として、できたそうだが、正にそれに沿って、赤道直下の標高1,500から2,700メートルという高地に永遠の緑の絨毯とも言われる広大な茶畑が広がっている。
豊富な太陽光線と適度な降水量(大雨季・小雨季という年二回の雨季)そして肥沃な土壌という自然条件があるケニアでは、今からおよそ百年前の20世紀の始めナイロビ近郊で茶の栽培が始まったそうだ。
それが今ではケニア最大の輸出産業にまで成長し、紅茶産業に従事している人は全人口の10%近くになる。したがって国の経済への貢献度は、大変大きく、国を挙げて茶産業の発展を推進している。

見渡す限りの茶畑、永遠の緑の絨毯ができた!
ケニアでの茶生産の大成功に拍車をかけたのは、最初はブルックボンド、ジェームスフィンレーなど大手茶産業の資本が、大地溝帯西部茶生産基地(ケリチョーなど)を、築いた。彼らは現在も、多国籍大企業資本で組織されたKTGA(Kenya Tea Growers Association)として、グループ分けされている。
一方、今のケニアにおける紅茶生産の主役は、国内組織でもあるKTDA(Kenya Tea Development Agency)へと移っている。
 見事に組織化された生産体制として、ケニアの全国茶農協組織会社であるKTDAは、ケニア内陸部中央を縦断するグレートリフトバレー(大地溝帯)の東西に広がる広大な高原地域に、現在六十五の製茶工場を運営しており、全国の小規模生産者から生葉を集荷し製茶を行い、その量は国内生産量の約60%を占めている。KTDAのそれぞれの工場周囲には、契約茶農家があり、KTDA独自の生産指導のもと、良質茶葉が生産される。スモールホルダーと称するこの小規模の茶生産者から、良質の茶の生葉のみを生産供給させ、買い上げる仕組みを構築しているのだ。決算年度ごとに工場の収益管理が行われており、利益貢献に応じたボーナスが生葉の小規模生産者に還元される。すなわちよい茶葉をたくさん生産供給すれば、収入がアップする仕組みである。

永遠の緑の絨毯。ビクトリア湖近くの西部高原産地ケリチョーの茶畑(左)と手摘み風景(右)(*)
永遠の緑の絨毯。ビクトリア湖近くの西部高原産地ケリチョーの茶畑(左)と手摘み風景(右)(*)
永遠の緑の絨毯。ビクトリア湖近くの西部高原産地ケリチョーの茶畑(左)と手摘み風景(右)(*)

世界のティーバッグ市場へ
“ウィ・アー・ザ・チャンピオン”

品質をあげるための方法の一例として、一芯二葉摘みの徹底があげられる。
これは、クオリティーの高い紅茶を作る上での必要条件だが、いざ徹底して実行するとなると容易なことではない。なぜなら、収穫量のことを考えれば、葉の大きい3葉、4葉まで、摘採した方が容易に総収量を増やすことができるからだ。
ところが茶ポリフェノールすなわち茶カテキン成分は、先端の芽と二枚の葉(1 Bud & 2 Leaves)に特に豊富に含まれている。いっぽう3葉、4葉と葉枝の下に行くほど、葉には繊維質が増えて硬化してくる。したがって、できるだけ収量をあげ収入を増やしたいと考える茶生産農家のジレンマを制して、量を抑えて品質を守るよう指導するには、茶樹育成管理の正しい理解に基づいた摘採技術の教育が行われていることだろう。

こうして茶の主成分たるポリフェノールリッチな良質な原料生葉が、手摘みで収穫・集荷され工場に到着する。それに続いてKTDAの製茶工場では、統一的に生産管理されたCTC製法(ここでは最初が”Crush”ではなく、”Cut Tear Curl”の略)で、グレード分けされた外形が球状の紅茶が生産される。輸出向けの上級茶葉のグレードは、サイズの大きい方から順にBP (Broken Pekoe), PF (Pekoe Fannigs), PD (Pekoe Dust), Dust の主な4種類に、仕上げられている。そのうち約55-60%の割合を占める約1㎜径のPFグレードが、世界の消費の中心となるティーバッグ用の用途に、使われているのである。

ケリチョーの茶畑で子供達に出会って、「ジャンボ!」
ケリチョーの茶畑で子供達に出会って、「ジャンボ!」
西部のケリチョー地区にあるKTDAテガット紅茶工場(*)
西部のケリチョー地区にあるKTDAテガット紅茶工場(*)

元々は、ケニアでもセイロン紅茶と同じようなオーソドックス製法で生産が行われてきたが、欧米をはじめとする先進消費国での紅茶製品のティーバッグ化に合わせ、徐々にCTC製法への変更に、ドラスティックなかじ取りが行われた。1990年頃以降は、ほぼ100%がCTC製法の生産となった。ごく最近では、さらなるマーケット拡大のため、新工場設備投資も盛んとなっており、高価格志向のリーフスタイルオーソドックスティーなどの新たなアイテム開発と実生産も始まってきている。
ナイロビにあるKTDA本部や産地工場を訪れた際、『なぜにCTC製法一筋に、統一したのか。』を関係者に質問したところ、一様に『この製法のほうが茶の可溶性固形分が10%アップし、価値の高い紅茶ができるから』との意見であった。
確かにケニアティーをポットで淹れるとすぐに感じることだが、他の紅茶に比べて心もち濃くでるのだ。輝くような透明感があるルビーレッドの真紅の水色、そしてコクのある味とフレッシュなアロマが、実によく出る。

美しい水色は、右に出るものなし。(*)
美しい水色は、右に出るものなし。(*)

少し大げさだが、ルビーレッドの水色の秘密を解き明かせばこんなところだ。
茶葉中の豊富なカテキン類(無色)が、酸化酵素の働きで発酵し、紅茶ポリフェノールである2量体のテアフラビン類、略してTF(橙黄色から橙赤色)とさらに分子の大きい複雑な構造のテアルビジン、略してTR(赤褐色から暗赤色)へと酸化重合する。この発酵工程は発熱反応で、徐々に温度が上がってくる。そしてTF/TRが程よいバランスに生成された絶妙なタイミングを、CTC工程後の発酵工程の温度変化を計測することによって決定している。こうして、見事なルビーレッドの紅茶が出来上がるのだ。
もし酵素反応をストップさせるタイミングを逸したならば、酸化重合が進みすぎて、爽やかさを欠いた重たい渋みとなり、水色は赤黒く透明感を失ってしまうことだろう。
いってみればTF・TRは、紅茶の色と渋みやコクの成分そのもので、その質とバランス(含有比率)が、品質の良し悪しを決めるキーであるということだ。そして広大な国土の中で大地溝帯の東西に分かれた生産地域による気候や標高のみならず、茶樹の樹齢が異なるため、同じCTC製法の紅茶といっても、茶園ごとの品質の特徴には、バリエーションや個性が現れくる。
飲み方はお気に召すまま、どのように飲んでもおいしい!
このように、ルビーレッドの美しい水色に加えて、コクのある柔らかい味わい、そしてフレッシュで華やかなアロマを持つ、三拍子揃ったケニア紅茶は、どんな飲み方でもお勧めできる。ストレート並びにウイズミルクで、食事時でもスイーツと一緒でもいける、オールマイティーな紅茶だ。イギリスでは、イングリッシュブレックファストをはじめとする人気のブレンドに使われ、最大輸入国のパキスタンでは、メインのチャイやマサラティーとして飲まれていることだろう。

市内から数キロのところにあるナイロビ国立公園。車で20分も行けば、キリン、シマウマ、トムソンガゼル、時には、ライオン、チータ、サイ、カバ、ワニ…に出会えるかも?
市内から数キロのところにあるナイロビ国立公園。
車で20分も行けば、キリン、シマウマ、トムソンガゼル、時には、ライオン、チータ、サイ、カバ、ワニ…に出会えるかも?

サファリの国、ケニア
大地溝帯・グレートリフトバレーを跨いだ大自然は、さまざまな新たな生命の源となり、多数の生物を進化誕生させてきた。近年の科学的な人類学研究によっても、この東アフリカが、正に我らが人類誕生のルーツの場所であるとされるそうだ。
そしてケニアといえば、誰でも野生動物の楽園を思い浮かべるように、いわずと知れたサファリの国。この国で、人に出会えば、元気に「ジャンボ!」と挨拶するのが礼儀だ。
国内には、アフリカ最高峰キリマンジャロ山を望むアンボセリ国立公園、ビッグファイブと呼ばれる5大野生動物(ライオン・ゾウ・サイ・ヒョウ・バッファロー)が最も多く生息するマサイマラ国立公園をはじめ、数々の動物サファリができる自然公園がある。しかし、自然をあなどってはいけない。ここでは、野生動物たちと人間は、対等だ。いやむしろ彼らの生息地に入り込んだ人間は、邪魔者だろう。もし襲われて喰われてしまってもそれは自然の掟で、文句は言えない。
少し古い映画だがアーネスト・ヘミングウェイが自己の体験をもとにつづったとされる名作「キリマンジャロの雪」がある。グレゴリー・ペックが演じる主人公は、キリマンジャロ山麓のアンボセリでキャンプ中に、足に壊疽を発症し重態となってしまう。テントのそばの大木に、ハゲワシが、飛んで集まってきている。不吉にもその数は、日に日に増えてくる。そんなある晩、いよいよ、それはおぞましい面構えの一頭のハイエナが、太ももの包帯から滲んできている膿んだ血の匂いを嗅ぎつけ、テントに強引に忍び込もうとする。なんともいえぬ、ぞっとするシーンが、目に焼きついている。 ケニアが舞台の映画は結構多く、ジョン・ウェイン主演の「ハタリ」やライオンが主人公の「野生のエルザ」などまさに60年代の人気映画だったし、最近では、「ナイロビの蜂」という考えさせられる映画もある。
そんな映画人気もあってか、欧米人は、案外気軽にサファリツアーに来ているようだが、こちらは残念ながらまだケニアサファリの体験までは、実行できていない。
聞くところによれば、地球温暖化は、アフリカも例外ではなく、ここケニアにもその影響が及んでいるようだ。紅茶生産地では、過去に幾度も大規模な旱魃の被害を受けてきたが、サバンナ草原では近年砂漠化が進行しているそうだ。そして国内最高峰のケニア山(5,199m)の山頂氷河や、隣国タンザニアに属するアフリカ最高峰キリマンジャロ山(5,895m)の万年雪は年々退行しており、将来は姿を消す宿命にあるらしいのである。
だからこそ、そんな大自然の中で、野生動物と人間社会、どちらの世界がいいか?考えてみるのはいかがだろう。
さてと、長い旅路の後は一杯のケニアティーで、ホッと一息。
Have a nice cup of Kenyan tea!
・・・・・
それでは、いよいよ次に訪れる一番恐ろしい世界、文明社会に戻ってから、旅の計画を練ることにしよう。
・・・・・
おや、どこかで聞いたセリフみたいだ。

ヒヒも眺める絶景の大地溝帯、グレートリフトバレー。ナイロビからケリチョーへ向かう道中。
ヒヒも眺める絶景の大地溝帯、グレートリフトバレー。ナイロビからケリチョーへ向かう道中。

*印のついた写真は、高嶋裕之氏撮影。

田中 哲

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